コラム第1回  アンブレラ現象

私は地方から上京して約20年になります。
東京で生活するにつれ、これまでいくつか不思議な現象を発見しました。
今回はその一つ、「アンブレラ現象(私が命名)」について述べてみます。この謎は今も完全には解けていません。

どんよりと曇った日に出かける時、傘を持っていくかどうか迷いますよね。
天気予報を聞いてもはっきりせず、「面倒だから持たずに行こう。降って来たらビニール傘を買えばいいや」等と思ったりします。電車を降り街に出てみると、まだ雨は降っていません。周りを見回すと、誰も傘を持っている(「差している」ではなく)人はいません。降ってもいないのに自分だけ傘を持っているのはいい気分ではありませんから、「ああ持って来なくてよかった」と安堵します。

暫く買物をして廻り、そろそろ帰ろうかと思った頃、天気が急に崩れます。「次第に雨脚が強くなる」というのではなく、「いきなり大粒の強い雨」が降って来ます。ついてないなあ、もう少し早く帰ればよかった…。

問題はここからです。
あれ?誰もが皆傘を差しているのです。例外なく。
傘を持っていない人はほとんどいません。
そんなアホな。待て待て、驚いてしまっては作者(おい…)の思う壺だ。冷静に考えろ。
第一に考えられる仮説は…


■もともと朝から傘を持っている人々もいた。しかし全体の中で少数派だったため私の目に入らなかった。
傘を持たない人は、建物内で雨宿りをしている。現在の私の目に入らない。
傘持ってる派はここぞとばかり傘を差し、街中を闊歩する。
その人数は普段の街の様子に比べ少ないはず。しかし、傘を差した状態では見た目の「かさ(ダジャレではない)」が相当に増えて感じるため、結構な人数が歩いているように錯覚してしまう。


というわけで、私も雨宿りのために近くの大きな店舗に逃げ込みました。
えーっ!!!
傘、傘、傘。店内の客も皆持っているんですよ。ごく稀に傘を持たない人も見受けられますが、傘持ってる派8対持ってない派2位の比率です。
そ、そんな…。待て待て落ち着け。よーし、仮説その二だ!


■皆が差しているのは携帯式の折り畳み傘。雨が降る前はそれぞれ鞄に入れていた。


恐る恐る周りを見ると…うわーっ!!違う!折り畳みじゃない!祈るような気持ちで、店内からウインドウ越しに外を観察してみます。いない。折り畳み派はほんの僅かしかいません。それに、店の入り口付近で雨宿りをしている人々は確かにいます。しかし、ごく少数です。ざっと見て、傘持ってない派雨宿り族は、今この街を行き来している全人口(つまり店員等屋外を移動しない人は除く)の5パーセント以下である事は間違いないように思われます。
ちょっと待ってくれ。これは現実だそ。ミステリじゃない。むむむ…仮説その三!


■ほとんどの人は傘を持っていなかった。雨が降って来たので手近の店で緊急に購入した。


店内の傘売場に行ってみました。その時私がいたのは有名な百貨店です。
傘が売れている!結構な人数が、折からの雨に「いい機会だから上等なの買っちゃえ!」と考えたようです。このケースにおいて、多くの人がビニール傘程度しか購入対象に考えないならば、私も最初から不思議には思わなかったでしょうが…。
結構な人数?本当か?
よせばいいのに、私は暫く定点観測してみました。
あれれ?思ったほど購入者は多くないぞ。
それどころか、手ぶらで傘を物色する人の数はみるみる減っていきます。

手強い謎に頭が割れそうになるのを堪え、気晴らしに店内を数分ブラブラしているうちに、雨が止みました。空を見上げると、雲はきれいに消え、陽も強くなりカラリと晴れています。
私は店を出て、駅に向かい歩き出しました。
3分ほど経った頃でしょうか。何気なく周りを…そうです。性懲りもなく、また見てしまったのです。
半ば覚悟はしていました。予想通り、誰も傘を持っていません!
本格ミステリ、それもとびきりの不可能トリック物が目の前で現実に展開しているような気がしました。

私はこのアンブレラ現象を本格的に研究したわけではありません。この現象を確実に見た(体験した)と断言出来るケースは、私が仕事でよく通っていた新宿・池袋・外苑前の三箇所です。いずれも1985年から90年位の間に、その三箇所で何度も体験しました。残念ながらそれ以外の期間・場所においては、私はこの現象に対する強い興味を失ったため、結局詳しく実地調査する事はありませんでした。ひょっとすると、今ではもう見られない物なのかもしれません。

後日、知人友人に聞き取り調査(笑)を行うと、半数近くの人は「自分も体験した」と述べました。やはりこの現象は私の単なる思い込みではないと断定していいと思います。
また、違う角度から検証すると、「田舎ではアンブレラ現象は見られない」事に気付きます。東京のような大都市でのみ起こる現象であると言っていいでしょう。


■私が漠然と認識しているより、人の流れは遥かに速い。


これが正解ではないか…今のところ、私はそう考えています。
傘持ってない派がどこへ行ったのか、傘持ってる派はどこへ消えたのか、これは残念ながら分かりません。ひょっとすると、どこへも行ってないのかもしれません。
あくまでいい加減な仮説であり、また何の検証も行っていませんが、こういう事ではないでしょうか。

1.「周りを見回す」と言っても、自分を取り巻く環境全てが視野に入るわけではない。特にパッと見の印象として、傘持ってる派が持ってない派の3倍位の人数であれば、「持ってない派はほとんどいない」ように見えるのではないだろうか。

2.大都市での人の流れは思ったより速い。これは駅の出入り口を観察するとよく分かる。そして、極めて重要なポイントとして、「日中でも駅から街に一方的に人口が流入するわけではない。それと変わらない位の人数が、駅や道路を経由して常に街の外へと流れていく」のではないか。朝夕のラッシュアワーは別として、この人の流れの波は比較的安定しているのではないか。私はこれまで都心の繁華街でも「身動き出来ないほど混雑した」という経験はない。出かけて来る人もいれば、反対に帰っていく人もいる。このバランスが、大都市では予想以上にうまく取れているのではないか。都心なら大きな駅でも路線事故等が起きない限り、ホームが人で溢れる(流れなくなる)事はめったにない。この事も消極的ながら傍証とはならないだろうか。


この二つの要素から、アンブレラ現象が起こるのではないでしょうか。
田舎では考えられない事ですが、

雨が降って来る→
傘持ってない派は近くに一時避難→
傘持ってる派はそのまま街中に残る→
雨が降っているのを既に知った新たな人々が駅から続々登場→
それらの人達は当然、傘持ってる派が圧倒的に多い→
従来の持ってる派・持ってない派は用事を済ませ帰途につく→
結果、新たな持ってる派が大勢を占める

となるのだと思います。
雨が止むと、これの裏返しの状況が起こるわけです。これらの現象が予想以上のピッチで起きているために、摩訶不思議な感覚に陥ってしまうのでしょう。賛成・反対それぞれ皆さんの意見を聞きたいところです。

さて、第1回から既に呆れている方が多いようですが、この「不思議シリーズ(仮称)」はこれから先も不定期に無理矢理続いていきます。苦情メールは送らないで下さい。
次回は口直しに、もう少し感動的な題材を扱う事にしようと思います。そうだ!推理ファンを惹き付けるにはこれだ。「本格ミステリと私」(おい…)やっぱりピンは辛いよなあ。ツッコミないしなあ。博士はいいな。私も相方募集。ほな。


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