コラム第4回 パズル |
このコラムも4回目ですので、たまには真面目に論理的な話にも触れてみましょう。 友人と茶飲み話をしているうちに、偶然「第一阿房列車の謎」の話題が出ました。ところが、よく聞いてみると、相手はこの謎をきちんと理解していないように感じられました。試しに他の友人達に聞いて廻っても、知名度の高いパズルなので、皆「模範解答」を知ってはいるのですが、重要な部分が理解出来ていない事が分かりました。これは役に立てるかもしれない…という訳で、今回は私がこれを検証してみたいと思います。 話題となったのは、内田百閨i←この漢字は環境によっては文字化けします。「うちだ・ひゃっけん」作家・随筆家です)の作中に登場する、一種の頓知と言うか、パズルのような物です。これは非常に有名な物で、後に数々の亜種クイズを生みました。ご存知の方が多いと思いますが、一応簡単に説明すると、次のようになります。(分かりやすいように、管理人が適当に脚色しています) ■3人連れの客が、ある旅館に泊まる事になりました。料金は1人1万円、3人分の総計で3万円だと言われました。客達はこれを前払いしました。 ■後になって旅館の主人は、ちょっと割引いてあげようと思い立ち、3人合計で5千円をサービスする事にしました。近くにいた従業員を呼びつけ、この5千円を客に返してあげるようにと命じました。 ■従業員は、ふと良からぬ事を考えました。この5千円をそのまま返しても、3人連れでは分けにくくて困るだろう。よーし、2千円を自分がネコババしちゃおう!客に「3千円だけ割引きです」と言っておけば、仲良く千円ずつ分配出来るから、その方がいいだろう…。 ■客は従業員から3千円を受け取り、1人千円ずつきっちり分けました。という事は、1人あたり9千円の宿泊料金を払った事になります。3人合計で2万7千円です。 ■あれれ?この2万7千円に、従業員がネコババした2千円を足しても2万9千円にしかなりません。最初に払った3万円に、まだ千円足りません。いったい、この千円はどこへ行ったのでしょうか? この迷宮倶楽部のサイトを訪問する位の皆さんなら、瞬時に解けるレベルの問題ですね。 一般的かつ模範的な解答はこうです。友人達も、例外なくこのように聞かされ、納得していたそうです。 ■どこへも行ってない。ナンセンスな設問である。支払いの総額は2万7千円。これに対し、旅館側が受け取った総額も2万7千円。両者が釣り合っているのだから、全く不思議はない。ネコババの2千円は、旅館側の2万7千円に含まれる物であるから、これを支払い総額の2万7千円に足して計算する事に意義は全くない。結局、千円足りないという事実は最初から存在しない。 ふむふむ。確かに数学や論理学に長けた人々はそう考えるでしょう。しかし、私達ミステリ小僧はここで終わる訳にはいきません。この問題に真っ向から勝負しようと思います。 ざっと見て、まず直感するのは「全くナンセンスではない」という事と、「筋が通っていないだけに、かなりの難問である」という事です。計算としてはごく簡単なのですが、発想としては結構難しい…これは解説を読み進むと分かると思います。前記の専門家達と違って、ミステリ小僧は謎を解くのが仕事です。「ナンセンス」の一言では済まされないのです。 【検証】 繰り返しますが、この設問はちっともナンセンスではありませんし、また解く事も不可能ではありません。 要は、「最終的な支払い総額とネコババ額を足した金額」と、「最初に支払った総額(つまりその場に流通した金額の合計)」が一致しない、さらには「その差額はどこに行ったのか」という二段構えの設問になっている訳です。 注目すべきは、「その前段は、必ずしも後段の前提条件となってはいない」という点です。前段がいかに意味のない事を指していようと、即ち後段がナンセンスである事にはなりません。また、百歩譲ってそれが前提条件となっていたとしても、「前段が論理的に破綻している」のでない限り、後段の設問を解く障害とはなりません。 もう一度眺めてみましょう。 ●「最終的な支払い総額とネコババ額を足した金額」と、「最初に支払った総額(つまりその場に流通した金額の合計)」が一致しない。 どうですか?どこも破綻していません。単に「一致しないのは事実である。ただ、それは不思議な現象ではない」というだけの事です。不思議であるか否かによって、後段の設問自体が即ナンセンス(あるいは検証不能)となる事はありません。 ●「流通総額」:3万円(W円としても構いません) ●「客の手元に戻った金額」:X円 ●「ネコババ額」:Y円 ●「流通総額」から「最終的な支払い総額とネコババ額の合計」を引いた差額:Z円 Zがどこに行ったのかを答えればいいのですから、これはZが何を意味し、現在どこに「存在する」のかを示せばいいと考えられます。これを導き出すのに使うのは、数学的に言う「方程式」とはいくぶん違う考え方です。 「最終的な支払い総額」は、 3万−「客の手元に戻った金額」 ですから、 3万−X となります。 「最終的な支払い総額」に「ネコババ額」を足すという行為は、 (3万−X)+Y で表す事が出来ます。分かりやすくするため括弧を使いました。 この金額を、「流通総額」から引いた物がZなのですから、 Z=3万−{(3万−X)+Y} となります。 ここで極めて重要なのは、左右辺が数量的に等しいという事ではなく、両者は「同じ物」を意味するという事です。(専門家仰天!しかし事実です) Z=X−Y これがZの正体です。従って、この設問に対する的確な解答は… ■客の手元に払い戻された金額が3千円。従業員がネコババした金額が2千円。両者の差額は千円。そうです。消えた千円はここに「存在」します。(大爆笑) 試しに別のケースで確かめてみましょう。適当に数字を替えてみると… ●最初に支払った額:3万3千円 ●主人が割引きしようと思った額:4千円 ●従業員がネコババした額:千円 ●客の手元に戻った額:3千円 最終的な支払い総額は3万円ちょうどです。これにネコババ額千円を足すと3万1千円。最初に払ったのは3万3千円です。その差2千円はどこに行ったのでしょうか? 戻った額3千円−ネコババ額千円=2千円 安心して下さい。確かにここにありました。(笑) ならば、戻った額とネコババ額が同じならどうなるのでしょうか。 ●最初に支払った額:6万円 ●主人が割引きしようと思った額:6千円 ●従業員がネコババした額:3千円 ●客の手元に戻った額:3千円 最終的な支払い総額は5万7千円です。これにネコババ額3千円を足すと…ぴったり6万円!(笑)もちろんこの計算には何の意義もありません。しかし、これならば前記のような「あれ?一部のお金が消えちゃった」という発想(誤認)自体も生まれないでしょう。また、戻った額よりもネコババ額の方が多い場合も同じ事が言えます。これが、このパズルのトリック、つまり本質です。肝心のこの部分を説明しなくては、それこそ「ナンセンス」だと思います。 今までと違い、今回は皆さんの役に立ったという達成感に浸る管理人。(呆) ほな。 |
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