コラム第6回  先入主

皆さんお元気ですか。

ゲーム製作と私事に追われ、管理人久しぶりの登場です。
もはや単なるバカ話コーナーと化した感がありますが、世間のごく一部には、このコラムを楽しみにしている奇特な人もいるらしいので(おい…)、気にせず続けていきたいと思います。



私が高校生の頃の話です。当時私は、自転車で通学していました。そのルートの途中に、線路を越える大きな陸橋がありました。

ある朝、家を出ていつも通りに走っていると、前輪ブレーキの効きが悪くなっている事に気付きました。私の自転車は「なんちゃってスポーツ車」でした。最近よくある安物の「見た目だけMTB(マウンテンバイク)」みたいなノリと同じようなコンセプトの自転車です。昔はMTB自体が出回っておらず、こういった「ママチャリを格好だけ無理矢理オンロードスポーツ車に似せた」物が多かったんですね。ブレーキのメンテナンスがワンタッチで出来るようなシロモノではなく、私は「まあ、後ブレーキは普通に効くからいいか…」と、大して気にもせずそのまま学校へ向かった訳です。
もう一つ気になっていたのが、チェーンの伸びです。普通に走っているだけなのに、たびたびチェーンが外れてしまいます。長さを詰める工具も持っておらず、ブレーキの件と合わせて「今度の日曜に自転車屋に頼むかな…」と、これまた軽く考えていました。

そして放課後、私は今朝の事も全く忘れて愛車に跨りました。当時は田舎に住んでいたので、信号も少なく、スイスイと走れます。やがて、問題の陸橋が近づいて来ました。
坂を登っていると、何かおかしいんですね。ガリガリガリ…と下の方から妙な異音が聞こえます。むむ?何の音だこれ?私の乗る自転車は、陸橋の頂点を過ぎて下り坂へと向かって行きます。結構な速度が出ている事もあり、下を覗き込むのは、体勢が崩れてしまいそうで危険な気がします。
そうだ!こんな時こそ推理だ!何が起こっているのか、ミステリ百戦錬磨の私なら直接見なくても解るはずだ!

ガリガリ…むむ。何かが路面と擦れる音だ。音の質から判断すると、一方はどうやら金属のような感じがするぞ。そうか、チェーンだ!またチェーンが外れてしまったんだ!え?でも、確かに最近何度もチェーンが外れた事があるけど、外れたら地面に擦れる状態になるんだっけか?…いかん、そんなの悠長に考えている場合ではない。対策だ。対策を考えろ!

私の頭脳フル回転!
落ち着け!焦った所を見られてはみっともない。さりげなく、そう、坂を下りきったらさりげなく停めるんだ!あたふたしていると笑われてしまう!何事もなかったかのように、平静を装って停めるんだ!

下り坂で、既にかなりの速度が出ています。このままでは不安です。最悪の事態を回避すべく、なるべく早く停車しなくてはなりません。私は左手で後輪ブレーキを…あれ?…ブレーキ?…ブレーキレバーがないじゃん!?

ハンドルから指を伸ばせば、そこにはいつも見慣れたブレーキレバーがあるはずです。当然の道理です。しかし、何度確認しても、あるべき所にレバーはありません。白昼夢?また、例のガリガリという音が耳に入って来ます。も、もしや…恐る恐る下を見ると、車体からブレーキワイヤーがレバーごと外れ、それを引きずっていました。何じゃこれ?
全く予想外の展開に頭が付いていきません。しかも下り坂です。前方には車が停まっています。どうすりゃいいの?

もう一度、私の頭脳全力回転!時間がないぞ!急げ!
そうだ!破損しているのは後ブレーキだ!前ブレーキは?…私は右手の指をハンドルから伸ばしました。いつも通りの冷たい金属の感触です。おおっ!前輪ブレーキのレバーだ!こっちはちゃんとあるじゃん!全身にみなぎる安心感。そして絶対的な自信!
ああ恥ずかしかった。突発的な出来事に、ついオタオタしてしまった。でも、もう大丈夫だ。このレバーをちょいと引けば万事解決だ。異音に気付いてからここまで、およそ5秒という所か。ふふふ。私には少し物足りないパズルだった。まあ、パニック状態だったのだから、それを差し引けば及第点ではあるだろう。頼もしいぞ私。

前方の車が、もう目の前まで迫って来ました。自転車のスピードもぐんぐん上がります。しかし、もう答は出ています。真相を見抜いた探偵のような気持ちです。私は勝ち誇った笑みを浮かべ、ゆっくりと前輪ブレーキをかけ…ちょっと、何だこれ?全然効かないじゃん!
こういう時に、情景がスローモーションになるというのは本当でした。停まっている車は、派手な色彩のタクシーです。ナンバープレートも鮮明に読み取れます。そして、走馬灯のように今朝の出来事が…「ブレーキ効かないなあ…チェーンが伸びたなあ…まあいいか…」良くないって!

私と愛車は、タクシーの車体に激突して停まりました。

車から降りて状況を一瞥した運転手は、怒るでもなく、私を助けるでもなく、ただ腹をかかえて大笑いしていました。最初に異常を感じた時、あらゆる可能性をイーブンに並べるべきでした。思い込みや決めつけはいけない…。
いい勉強になりました。ありがとう運ちゃん。

備えあれば憂いなし。ほな。


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